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「一汁一菜でよいという提案」

「一汁一菜でよいという提案」という記事を読みました。

 

「一汁一菜でよいという提案」 土井善晴さんがたどりついた、毎日の料理をラクにする方法|KOKOCARA(ココカラ)−生協パルシステムの情報メディア

 

この提案をしているのは父子二代で料理家の土井善晴さん。(義母はお父さんの勝さんの料理教室で花嫁修業をしたそうです)

 

料理作りは、一汁一菜という基本戻れば、悩まなくてよいものというメッセージです。

 

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一汁一菜とは、おかずと味噌汁を一品ずつのメニューのこと。味噌汁を具沢山にすれば、味噌汁でおかずもかねられます。

 

シンプルなスタイルで無理がないから、強制されたから作るではなく、純粋な家族を喜ばせたいから作るという本来の姿に戻れる。

料理を作ってもらったという経験は子供の「安心」につながる。下手でもいいから無理なく作ることのほうが大切なこと。

 

この記事ですーっと気分が楽になると同時に、食事作りを負担に思うあまり、「作らされた」という気持ちで作ったごはんを家族は食べていたんだと反省しました。

 

私の母は料理好きで、一汁三菜は当たり前の食卓でした。それなのに、もっと料理上手な友達のお母さんもいたので、母の料理にむしろ不満を感じていたこともありました。

 

自分が作る立場になったり、もっと多くの家庭を知ることになると、母の料理ってすごかったんだなぁ、ありがとうと素直に思うようになりました。

 

振り返ってみると、美味しいかどうかではなく、やっぱり作ってもらったということに愛情を感じていたと思います。記憶に残っている食卓は外で食べた美味しいものより、母が作ったおうちごはん。

 

母のようにはなれないけど、「純粋に喜ばせたいから」という気持ちでごはんを作りたいとそんな気持ちになりました。

 

気持ちや時間に余裕がある時は、一汁一菜プラスαで家族のもっと喜ぶ顔を考えながら作る。

 

いつも、そんな気持ちで料理と向き合えたら、作る時間も楽しめるはず。

 

過去、それなりの大病をわずらい、入院したことがあります。その時、同室になった年配の女性に「食べることは生きること」と教えられたことがありました。

 

とても素敵な方で、その方が「どうせ食べるなら、みんなで一緒に食べましょう」と言って、同室の6人でベッドサイト用のテーブルを並べ、ごはんを食べたことがあります。

 

清々しい朝やけをながめがら、一緒に囲んだ食卓は今でも忘れることはできません。命に関わる病気だったので、不安に押しつぶされる毎日でしたが、この出来事は今でも私の中で入院生活の素敵な思い出になっています。

 

回診で回ってきた先生たちが、こんな風景みたことないと笑っておられたのも、いい思い出です。

 

「食べることが生きること」なら、笑顔で食卓を囲みたい。作る時も食べる時もそうであるように、「一汁一菜でよいという提案」で、原点回帰をしてみたいと思います。